TALKING ABOUT ARCHIVES Vol.01

小木“POGGY”基史氏が語る、注目すべき5ブランドのアーカイブ

ファッション界における一大ブームとなっているデザイナーズブランドの“アーカイブ”。なぜ今“アーカイブ”が注目されているのか? その理由や今注目すべきブランドを、小木“POGGY”基史氏と一緒に探っていきたい。第1回は、90年代に原宿で産声をあげ、00年代に はパリコレクションで発表し、世界中を驚かせた伝説のブランドNUMBER (N)INENUMBER (N)INEを始めとする裏原ブランドが再注目を浴びるまでの経緯と、そのアーカイブについて話を伺った。

ロックとベーシックを共存させた
NUMBER (N)INEという伝説

---まず“アーカイブ”が流行ったきっかけについて教えてください。

「ヒップホップの古着からの流れだと思いますね。今でこそ90年代のTOMMY HILFIGERなどを取扱っている古着屋は珍しくありませんが、5〜6年前まで日本では主流ではなかった。僕が最初にそういったものを見かけたのは、ラスベガスの『FRUITION』でした。20代の若者たちが立ち上げたセレクトショップなんですが、そこで80年代90年代のヒップホップ系の古着と一緒にJEREMY SCOTTのようなブランドも扱っていて、衝撃を受けましたね。カニエやファレルたちもみんなそこに行っていました。一方でNYでも、2006年にロウアー・イースト・サイドにプロセルが『COAT OF ARMS』をオープンして、同じようにヒップホップ古着を置いていました。その後もLAに『Round Two』が出来て、そのオーナーの一人であるショーン・ワザースプーンが自らのデザインでNIKEとコラボレーションをしたりして。これらのお店がセレクトされた古着とハイブランドを一緒くたにすることによって、これまでセカンドハンドのお店とは違う見え方や価値観を生み出したことが大きいのではないでしょうか。そういったお店が次々にオープンしたり、東京を訪れた海外のデザイナーやミュージシャンたちがセカンドハンドのお店に行くのを目の当たりにして、“これは何か新しい価値観が生まれてきているぞ”と思いましたね」

---ヒップホップ古着から火がついたアーカイブブームが、デザイナーズブランドまで発展したのは何がきっかけだったのでしょうか?

「ファッション的な文脈ですと、東京のLAILA VINTAGEのように “どの年代の誰がデザインした服”というように、明確なディレクションを持って過去のアーカイブを新鮮に蘇らせたショップの出現や、ここ数年のデザイナーの回顧展や映画化もきっかけになっていると思います。最近のストリートの視点でのアーカイブブームに関しては、やはりカニエ・ウエストじゃないでしょうか。彼が大阪のブランド古着屋でYEEZYの元ネタになるようなRAF SIMONSを大量に購入したという噂が出回ったあたりから、ストリートファッション好きの人達が90年代のRAF SIMONSに注目し始めました。そこからMaison MargielaやKATHARINE HAMNETTのようなブランドまで広がっていったのだと思います。一昨年ぐらいから海外のクリエイターはNUMBER (N)INEUNDERCOVERA BATHING APEといった90-00年代の、当時は裏原系ブランドと呼ばれていたようなブランドに注目しています。GIMMIE FIVE出身のキム・ジョーンズやヴァージルなど、思春期にストリートファッションに影響を受けている人達が世界のトップデザイナーになったというのも大きいですね。キム・ジョーンズを掘り下げていくと藤原ヒロシさんの存在に必ず辿り着きますし、YouTubeで昔のNIGOさんの自宅映像が公開されていることもあって、NIGOさんの影響力もすごいです。 ヴァージルやカニエがやっていることも、Supremeがやっていることだってみんな90年代の裏原の手法をお手本に、今の時代に合うように表現しているのではないかと思います」

小木“POGGY”基史氏
小木“POGGY”基史氏

---やはり今のアーカイブの盛り上がりは、ヒップホップ界隈の人たちの影響が大きいですね。

「はい。完全にカニエやASAP Bariなどヒップホップの人たちが目をつけたからだと思います。2000年半ばから盛り上がってきたダフトパンク、ジャスティスのようなヨーロッパのエレクトロの流れをカニエはいち早くキャッチし、音楽性としても聴きやすいヒップホップを生み出しましたし、ファッション性としてもそれまでのオーバーサイズからジャストサイジングへチェンジしました。“これまで対極にあったものを取り入れる”というラッパーたちの姿勢が、ファッションシーンを大きく変えているのだと思います」

---なぜ彼らが今、アーカイブの中でも90〜00年代の裏原シーンに注目しているのでしょうか?

「もともとヒップホップの前身として、70年代のブロンクスで生まれたブレイクビーツがあって、その後のレアグルーヴやサンプリングに繋がって行くんです。ブレイクビーツはどういうものかと言うと、ディスコに行くお金のない若者達が公園にスピーカーやターンテーブルなどセットを組んでみんなで集まって、ソウルやファンクなどのレコードを流していた。その曲の間奏(ブレイク)でダンサーやオーディエンスが盛り上がることに気付いたDJが、そこだけを切り取り同じレコードを2枚使ってループさせたブレイクビーツなるものが産まれたんです。だから今も世界中のDJは、その元になった古いレアなレコードや新しいブレイクを探している。そしてその中でも近年“和モノ”の人気が高いんです。なぜかと言うと、昔の日本のアーティストの演奏技術は高く、しかも録音にお金をかけているから音が良い。僕はこれって音楽だけじゃなくて今のデザイナーズのアーカイブについても同じだと思うんです。UNDERCOVERNUMBER (N)INEも、その作りやデザイン性の高さに世界中が気づき、価値が上がっていっているんだと思います」

---今挙がったNUMBER (N)INEですが、4つのアイテムをピックアップしてくださいましたね。

「はい。まずはミッキーマウスらキャラクターものを再構築したカットソーです。世界から愛されるキャラクターをロックと絡めたのが斬新でしたね。総柄のパンツは2004A/Wの“GIVE PEACE A CHANCE”のアイテムで、これは本当にあった80年代アメリカの軍モノのパターンを落とし込んでいます。

NUMBER (N)INEアーカイブ
Left:NUMBER (N)INE(2002A/W) / Right:NUMBER (N)INE(2004A/W)

NUMBER (N)INEはロックテイストや派手なアイテムが人気が高かったと思いますが、このブランドのすごいところは”ベーシック“にあると思います。当時デザイナーだった宮下さん(現TAKAHIROMIYASHITA TheSoloist.)は『NEPENTHES』や『BEAMS』を経ているだけあって、ベーシックというものをかなり理解している方です。ベースがしっかりしているから、今見ても色褪せないんです。ノルディックセーターやノーフォークジャケットはその代表例ですね。こういうアイテムがあるから、派手なアイテムがより生きてくるんです。今ファッション界はカットアンドペーストが流行っていますが、だからこそNUMBER (N)INEのようなベーシックの上に成り立っているブランドのアーカイブが注目されているのではないでしょうか」

NUMBER (N)INEアーカイブ
Left:NUMBER (N)INE(2002A/W) / Right:NUMBER (N)INE(2002A/W)

---最後に小木さんの思うアーカイブの定義について教えてください。

「男にとって“いつか手に入れたいと思っているもの”だと思います。男性って若いときに手に入らなかったものって、30代になっても40代になっても欲しいじゃないですか。今はデザイナーの移り変わりが早いからこそ、例えばマルジェラのHERMESのように、過去に人気があった確固たるものに意識が向いているのかもしれません。手に入らないものが欲しいというのはいつの時代も変わらないですね」

小木“POGGY”基史

1976年生まれ。1997年に「UNITED ARROWS」でアルバイトを始め、プレス職を経て2006年に「Liquor,woman&tears」をオープン。2010年には「UNITED ARROWS & SONS」を立ち上げ、ディレクションを手がけている。2018年に独立し、昨年リニューアルオープンした渋谷PARCO内の「2G」のファッションディレクターを務めるなど、新たな動きにも注目が集まっている。

Photography_ YUTO KUDO
Interview &Text_ SOHEI OSHIRO

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