TOLD BY TOSHIKO TAGUCHI RECALL: HEDI SLIMANE 3
『MRハイファッション』の編集長が出会ったデザイナー。 「額装された絵画に匹敵する写真」
「私にとって額装された絵画や写真に等しい、忘れ難いページがあるのです」と言って、田口さんは『MR』の2002年6月号を手にした。表紙は、スリムなテーラードジャケットを身に纏い、カメラと対峙するような眼差しのエディ・スリマンのポートレイト。続く巻頭ページをめくると、エディ自身が洋服のスタイリングから撮影、写真セレクトに至るまでを手がけた、11枚のポートレイトで構成されたディオール オムのモードページがある。エディがキャスティングしたモデルはただひとり、ブラジルで出会ったという少年ティアゴだ。
「ティアゴがディオール オムを着たモノクロームの写真には、20年経っても、見入ってしまうほど、訴えかけてくる魅力が宿っています。私にとっては完璧な美。綺麗だなーと、うっとりしながら見てしまいます。人は、本当に美しいと感じて惹かれたものは、どれだけ時間が経過しても忘れない。エディが撮り下ろした写真が、自分が編集した雑誌に載っていることに無上の喜びと誇らしさを感じています」
田口さんは、「もしかして、このサイトの読者の中には、私と同じくこの写真を忘れず覚えていてくれる人がいるかもしれませんね」と言いながら、著作権に抵触するのでページの再掲載が叶わないことの残念さをくぐもった声色で付け加え、次に、誌面からは想像もできないエディのクリエイティヴィティの一端を想起させる、この号でのエピソードを話してくれた。
「エディとディオール オムの美学を深く理解し共感していた『MR』のアートディレクターである二本木敬さんが、見開きの写真の構成から、見出しやクレジットのフォントの選択、級数のバランスまであらゆる要素に眼を配ったレイアウトは、ディオール オムの世界観をいつも完璧な形で表現したいという、エディの細やかなディレクションに相応しいものでした。クリエイターにとっても、雑誌を作ることにおいても、『誰と一緒に仕事を進めるのか』はもっとも重要なことのひとつですが、エディがクリエーションを完璧に進めるために、自分に必要な人として、まだサンローランを手がけている頃から信頼を深めてきた日本の広報担当者の方から、エディの全ページを入稿した直後に電話があったのです」
電話の内容は、この特集のラスト、33ページに掲載されたエディ・スリマンの全身のポートレイトを、まだ差し替えられるかというリクエストだった。「きっと、エディのことだから、編集部の進行状況を考慮して、できれば写真を替えたいという希望を伝えるかどうか随分と悩んだと思います。実際、入稿が済んだ写真の差し替えは担当各位に迷惑をかけるし、印刷を一時ストップすることにもなります。通常なら『もう時間的に無理です』と断るのでしょう。でも私は『大丈夫!』と快諾しました」
「入稿した当初の写真のエディは、正面を向いて割りとストレートに立っていましたが、後から届いた差し替え希望の写真は、体の中心線を少し崩して、左脚がほんの少し湾曲し、内股のシルエットになっているのです。多くの人には、あまり変わりのない些細な違いに思えるかもしれません。が、彼の美意識にとっては、絶対的な“差異”なのです。私も、差し替え写真を見た時、つま先の角度で表現された、繊細で内向的なエディの気質を一目で感じ取ることができました。そうした“微差”に対するエディの徹底した眼差しは、私が『MR』で一貫してやってきたこととも共振している。エディが細部まで最高の表現を目指し、『MR』の誌面に真摯に向き合ってくれたことが、迷惑どころか心から嬉しかったのをよく覚えています」
佇まいがつまびらかにする微かだが確かな表現は、モードページにも現れている。「大人と少年のあわいという、ごく短い期間にしか放つことのない美をもち、エディの美学を意思的に受け入れているようにもみえ、見事に体現している」と田口さんが語るティアゴ。エディは、彼がディオール オムの服をまとうと、とたんに強く心をひかれる存在に変わるのだと語りながら、その姿とは「優美で、気高く、そして独特の精神的センシュアリティ」をもっているのだという。この特集のラストページの、一問一答式インタビューで、エディはこう記述している。
「(ティアゴは)とても思慮深く、天性の魅力を持ち合わせています。加えて、この上なく美しい肌——これも絶対に必要——をしています。私の(モデルを選択する際の)基準は一貫していて、ストリートから、またあらゆる外出先で多くの少年をモデルとして見つけ出しています。どういうわけか、この点に関して私はとても運が強いようです」
田口淑子 Toshiko Taguchi
1949年生まれ。『MRハイファッション』と『ハイファッション』の編集長を務め、現在はフリーランスのエディター。
Text_ TATSUYA YAMAGUCHI