ART AND MODE Vol.03
共鳴するアートとモード 2001:A Space Odyssey × UNDERCOVER
毎シーズン、ランウェイには多くのアートを宿したアイテムが登場する。そのひとつひとつのアートには選んだデザイナーの確固たる意志が息づき、その背後にはアーティストとブランドの歴史やドラマが存在する。アートとモードの共鳴が産んだ特別なアイテムたち。それらを知らずに着るのはもったいない。その背景を知れば、もっとそのブランドが、そのデザイナーが好きになるはずだ。ハイファッションを通して、アートを知る喜び、着る喜びを感じてほしい。
映画は“総合芸術”と呼ばれる。さまざまな芸術表現、文学や音楽、絵画、演劇、さらには歴史、政治、法律といったあらゆる要素が約2時間の作品に集約されているからだ。それゆえ、映画は多くのファッション・デザイナーのインスピレーション源となることが多い。毎シーズン、パリでもミラノでもロンドンでも東京でも、必ずと言っていいほど映画からインスパイアを受けたコレクションが発表されている。では、その中でもっともフィーチャーされた映画はなんだろうか? 言い換えると、もっともデザイナーの心を虜にし、そのクリエイションの根源となった映画はなんだろうか?
統計を取ったわけではないが、おそらくキューブリックの作品ではないか思う。2019S/SのGUCCIでは『時計仕掛けのオレンジ』のドルーグたちの出で立ちのモデルが登場していたし、2017S/Sのsacaiのメンズコレクションでも同作品内での登場人物たちのセリフがプリントされたTシャツが登場していた。スチュアート・ヴィヴァースのCOACHだって『ロリータ』を、2015F/Wのアルチュザラも『バリー・リンドン』を下敷きにしている。生前のアレキサンダー・マックイーンも2019A/Wで『シャイニング』から着想を得たコレクションを発表していた。それだけじゃない。『突撃』も『アイズ ワイド シャット』も『フルメタル・ジャケット』もさまざまなランウェイに持ち込まれている。とにかくキューブリックの手がける作品は、何十年にも渡ってデザイナーたちからラブコールを浴び続けているのだ。それゆえキューブリック作品からインスパイアを受けたコレクションをすべて紹介するのは難しい。ただ、ベストなコレクションを挙げることなら出来る。その一つが、『2001年 宇宙の旅(原題/2001:A Space Odyssey)』からインスパイアされた2018A/WのUNDERCOVERのコレクションである。
『2001年 宇宙の旅』。名作中の名作なので、映画好きでなくても知っている人も多いかもしれないが、一応説明しておく。原作は、イギリスが生んだ20世紀を代表する作家アーサー・C・クラーク。クラークが1968年に発表したこの小説を、同年キューブリックが映画化。無限に広がる宇宙を背景に、400万年前の類人猿からスターチャイルドが地球を発見するまでの人類の進化における刹那を描いた2時間半ほどの大作である。なぜこの作品が高橋盾氏を含め、多くのアーティストやクリエイターを熱狂させるのか。それはこの作品が、壮大なスケールと世界観、そして、半世紀以上に撮影されたとは思えない圧倒的な映像美で構築されているからに違いない。特に映像はあまりに完成度が高く、どのシーンを切り取ったとしても一枚絵として成立しそうなほど。UNDERCOVERのコレクションにおいても、ワンシーンを大胆にプリントしたアイテムが数多く登場していた。
さらに丁寧にコレクションピースを読み込んでいくと、作中に登場する人工知能「HAL 9000」や「COMPUTER MALFUNCTION(コンピューターの誤作動)」という文字が刻まれているアイテムも。実際のショーでもクラシカルな要素のルックで始まったのにも関わらず、次第に近未来化されていき、ついに最後には、シーンや文字のプリントだけでなく宇宙服のようなダウンジャケットに身を包んだモデルが登場し、映画の世界そのものを具現化していた。まさしくこれまでのメンズファッションの歴史を凝縮したかのようなコレクションだった。未来的要素として高橋盾氏が『2001年 宇宙の旅』を選んだのは、現代やこれからのファッション業界における「人類が人工知能に支配される」ことに対する高橋盾氏なりのメッセージだったのかもしれない。
余談ではあるが、昨年UNDERCOVERのこのコレクションが発表されてから、さらに世界的にキューブリック熱が高まっている気がする。『2001年 宇宙の旅』も昨年末にデジタル・リマスター版が発表されたし、今年4月からはロンドンの「デザイン・ミュージアム」にて大規模な回顧展が開催され、大きな話題を集めていた。ファッション界の最前線にいるデザイナーの高橋盾氏をはじめ、世界中からキューブリックが再度注目されていることをないがしろにしてはいけない。今こそ再びキューブリック作品を観るべきだ。そこには単なるファッションの要素としてではなく、現代を生き抜く知恵や、未来を見据えるヒントまでもが込められているはずだから。
Text_ Kana Koyama