TALKING ABOUT ARCHIVES Vol.22
キャットウォークフォトグラファー “Niall McInerney”が伝えたいランウェイ史。 1980s~2000sーYohji Yamamoto編ー。
1970年代後半から2000年に掛けて、パリ、ロンドン、ミラノ、NYコレクションを撮り続けたキャットウォークフォトグラファー、ナイエル・マキナニー。その時代、キャットウォークの最前線で活躍した彼が感じたファッションとは。ナイエルの写真を元に、Yohji Yamamotoの魅力を探っていきたい。

「アンチファッションの立役者、ヨウジヤマモト」
--- 最初に、写真を始めたきっかけを教えてください。
「僕は1960年代ロンドン・ソーホー地区にあるストリップクラブでドアボーイとして働いていた。その時のオーナーが、お店の前のショーウインドウに在籍する女の子の写真を飾りたいと言い出してね。それで写真を撮ろう。という話になったんだ。でも僕はカメラも持っていなかったし、どうやって現像するかも知らなかった。そこで近所に住んでた有名な写真家ルイス・モリーに相談をして、ローライフレックスというカメラと機材を貸してもらったのが始まりなんだ。僕にとって彼は師匠のような存在で、基礎の全てを彼から学んだ。残念なことに彼はもう亡くなってしまったけれど、40年以上友人関係は続いたよ」。

Right: 1970年代のナイエルとナイエルの彼女。現在も彼がスタジオを構えるカムデンタウンの運河沿いにて。
--- その後ファッションを撮り始めたのは?
「本当はストリートフォトグラファーになりたかった。でもそれで稼ぐのはとても大変なことだった。そんな時、メロニーというガールフレンドが出来たんだ。その彼女とウィリー・ウォルターが仲良しで、カムデンタウンに”Swanky Modes”というブティックをオープンした。(※ウィリー・ウォルターとは、セントラルセントマーチンBAファッションコースのディレクターでリカルド・ティッシなどを輩出した有名な教授)彼女達のブティックでドレスを撮影し始めたのがきっかけで、初めてキャットウォークを撮影し始めたのもSwanky Modesのランウェイショーだったね。初めはロンドンコレクションにだけ行っていたけれど、クライアントが多くなるにつれてパリに行ってくれとか、ミラノに行ってくれとか要望が増えて各都市のコレクションを撮るようになった」。
--- 昔のキャットウォークは今と比べてどうでしたか?
「今のファッションショーでは、カメラマンの場所は決められていて長い望遠レンズを使って撮影しているよね。でも1995年くらいまではランウェイとフロントローの間にカメラマンのスペースがあって自由に動くことができた。今思えば邪魔でしょうがないね笑。だからカメラマンそれぞれアングルも違うし、切り取り方も違うから面白かったよ。言うまでもないけれど、1999年くらいまでデジタルカメラというものは普及してなかった。だから僕は35mmのニコンのフィルムカメラを2台持ちでキャットウォークを撮影してた。オートフォーカス(自動的にピントを合わせる機能)もない時代だから焦点を合わせるのも大変だったね」。
--- Yohji YamamotoとRei Kawakuboがパリコレに参加し始めた1981年のこと覚えていますか?
「覚えているよ。どこかのジャーナリストが“Explosion in the blanket factory(直訳:ブランケット工場の爆発。)”って言ってたのは印象に残っているね。“ 洋服はこうきるものだ”という概念を覆したっていう意味をうまく表現していた。賛否両論だったけれど、Vogueのスージー・メンケスは“Fashion’s poet of black”と書いていたね。“詩的な黒いファッション”なんて素敵な褒め言葉だよね。僕自身はファーストコレクションは撮影していない。1983年からヨウジを撮り始めたんだ。印象的だったのは黒いファッションや、オーバーサイズなシルエットもそうだけど、モデルの歩き方が全然違うこと。その時代は“キャットウォーク”って言うくらいだからモデル達は会場に鳴り響く音楽に合わせて踊るように歩いていたね。腰の曲線とかを強調するようなポージングとかをして。でもヨウジやギャルソンは違った。モノクロームな歩き方と言えば分かりやすいかな?ロボットのように表情なく歩いてくるのには驚いたよ。1980年台前半はファッション業界にとっては歴史に残るようなコレクションが多かったと思うよ。1983年にはカールがシャネルのディレクターにも就任したしね」。

--- メンズは1988年から撮影をしてますね?
「僕の持っているブルームズブリー出版社の資料によれば、1984年からヨウジはメンズウェアを発表してる。僕が撮影し始めたのは1988年からでそのコレクションはヨウジの礎となるスーチングスタイルが完成されたコレクションとも言われているね。普通のメンズのスーツのボタンを大きくしたり、アームホールを大きくしたりとビジネスマンにはならない、遊び心のあるメンズスーツが新鮮だった。ギャルソン、アルマーニ、ヨウジはメンズのスーツにおける“New look”を作った。とも言われているよね。この時代僕も仕事着としてスーツをよく着ていたよ」。

「ヨウジのコレクションで思い返せば、1991年のピンアップガールが描かれているジャケットも素敵だったね。この時代は湾岸戦争真っ只中でファッション業界も少し陰気なムードだった。ショー会場を小さくしたブランドは少なくなかったと思うよ。ファッションはいつの時代も世の中を映し出すものだ。だから彼が意図していたのは、第二次世界大戦の時に“ステレオタイプ”とされていた女性を描くことで、反戦の意を示していたんじゃないかな?」

--- Yohji Yamamotoは今でもセレブリティーや、アーティストをモデルに起用しています。キャスティングは昔からユニークでしたか?
「1990年台からヨウジのメンズコレクションは、ミュージシャンや年配のキャスティングが多くなったと思う。その時代スーパーモデルってのが流行で、ヨウジのように個性的なモデルを使うブランドはあまり多くはなかった。フォトグラファーからの目線だと、普通のモデルと違ってフォトジェニックだから撮りやすかったけれどね笑。」

「印象に残っているのは、1998年にヴィヴィアンがメンズウェアのランウェイを歩いたことかな。同じデザイナーという職業の彼女がヨウジの為に歩くという事に驚いたよ。でも今思えば不自然なことではないね。ヨウジもヴィヴィアンも自分たちの洋服を10年以上、できるだけ長く愛用して欲しいと言っている。現在の言葉に置き換えるとサスティナビリティなデザイナー達だから、彼らはデザイナーとしての信念を尊敬しあっていたんだろう。」

--- デザイナー本人も思い入れのあるコレクションと語る1999年SSウィメンズウェアのコレクションを覚えてらっしゃいますか?
「僕がキャットウォークフォトグラファーを辞めたのはこのコレクションの翌年の2000年だったんだ。どうもデジタルカメラで撮るキャットウォークを好きになれなくてね。その頃は1日に10以上のショーを回ることも多く、このコレクションを鮮明に覚えているか。と言われれば答えはNOだ。でもこのショーではモデルが何枚にもレイアードされたドレスを脱ぎ捨て、また新しいドレスがお目見えしたりと発表の仕方が斬新だったのは覚えているね。2000年代にロンドンでコレクションを行ったフセイン・チャラヤンの家具の様な木製スカートを脱ぎ捨てるパフォーマンスとかもこのヨウジのコレクションにインスパイアされたんじゃないかな?」
--- 最後に、Yohji Yamamoto というブランドをどう思いますか?
「僕はカメラマンでエディターではない。洋服やファッションのディテールを話して。と言われると難しいけれど、仕事をしていた時からヨウジの服はきたいと思っていた。アンチファッションの立役者とも言われているけれど、それは本当だと思う。彼はトレンドを意識していない。だから世代を超えて着れるアーカイブになるんだと思うよ。」

Niall McInerney
1941年アイルランド生まれ。
1970年代後半から2000年にかけてキャットウォークフォトグラファーとして
ファッションの最前線で活躍。
50万枚を超える彼のアーカイブ写真を厳選しブルームズブリー出版社から発売された
Fashion’s Front Lineはアート学校などの教材などにも使われている。
Photo_ NIALL MCLNERNEY
Interview & Text_ SAORI YOSHIDA
Edit_TATSUYA YAMASHIRO
Special Thanks_BLOOMSBURY FASHION CENTRAL
https://www.bloomsburyfashioncentral.com